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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12672号 判決 1988年9月26日

原告

北野早苗

原告

北野千賀子

右両名訴訟代理人弁護士

西田健

被告

株式会社 産業経済新聞社

右代表者代表取締役

鹿内信隆

右訴訟代理人弁護士

加藤義樹

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金六〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、被告発行の産業経済新聞(サンケイ新聞)夕刊全国版に別紙(一)記載の謝罪広告を別紙(一)記載の条件で一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第一項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

昭和五六年一一月九日当時、原告北野早苗(以下「原告早苗」という。)は、医療法人芙蓉会の理事長として富士見産婦人科病院(以下「本件病院」という。)を経営し、原告北野千賀子(以下「原告千賀子」という。)は、本件病院の院長として本件病院における診療に従事していた者である。

被告は、全国に販売網を有する日本有数の新聞社である。

2(本件記事の掲載)

被告は、被告が発行する産業経済新聞(サンケイ新聞)の昭和五六年一一月九日付夕刊社会面に、「北野理事長、千賀子院長ら傷害で書類送検へ富士見病院事件」との見出しの下に、原告らに関する別紙(二)記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

3(名誉毀損)

本件記事は、その文中の「県警防犯部は、元患者一人について傷害罪が成立すると判断」(以下、右を「第一記事部分」という。)、「県警の調べによると、傷害にあたると判断した患者については、北野理事長が超音波断層診断装置で子宮きんしゅ、卵巣のうしゅと診断、①医師に手術するよう指示していた②患者には病気の自覚症状はなく、北野に脅されて手術を受けていた―などが押収したメモや臓器の写真から明らかとなった。」(以下、右を「第二記事部分」という。)、「北野理事長と執刀した妻の千賀子院長らの間に、不必要な手術をする共謀があったものと判断した。」(以下、右を「第三記事部分」という。)、「うち一人分が傷害罪にあたると判断した。」(以下、右を「第四記事部分」という。)等の表現をもって、あたかも埼玉県警察本部(以下「県警」という。)が原告両名の共謀による傷害罪が成立すると判断した旨正式発表したかのように断定的に虚偽の事実を報道している。

右のような内容を記載した本件記事の掲載によって、原告らはその名誉を著しく毀損された。

4(被告の責任原因)

新聞社が、個人の犯罪事実に関する名誉と信用に係る事実を掲載する場合は、捜査当局の責任ある地位にある者が正式発表として公表した事実の範囲内にとどめるべきものであり、いやしくもその事実を誇張したり、自己の憶測や確実でない情報などを付け加えることは許されない。殊に「県警の調べによると」という書き出しで記事を掲載する場合には、その記事内容はあたかも警察当局が捜査の結果を発表したものであるような印象を読者に与えることになるから、その事実を警察当局の発表事実に限定すべき必要性は、特に強調されなければならない。被告は新聞社として、かかる点に留意し、他人の名誉を毀損する記事を報道することのないよう注意すべき義務を負っている。

しかるに、被告は、本件記事掲載に際し、右の各注意を怠った。

5(損害)

本件記事の掲載によって、原告両名はその名誉を著しく毀損され社会的信用を失墜するなど、多大かつ回復し難い損害を受けた。殊に産婦人科医にとって、その施した手術が治療行為でなく傷害罪という犯罪行為であったと広く社会に報道されたことは、致命的であって、原告らの被った損害は、各自につき五〇〇万円を下らない。

6 よって、原告両名は、被告に対し、右損害の一部として、それぞれ五〇〇万円及びこれに対する本件記事掲載の日の後である昭和五九年一一月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、その名誉の回復のため、請求の趣旨記載の謝罪広告を被告発行のサンケイ新聞紙上に掲載することを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3のうち、本件記事中の原告らが引用する部分の内容は認め、その余は争う。

3  同4及び5は争う。

なお、本件記事うち、第二及び第三記事部分は、既に他の新聞社においていわゆる富士見病院問題(後記三1(一)参照)発生以来、連日にわたり大々的に報道してきたところと変わるところはなく、したがって、その内容が原告らの名誉を毀損するものであるとしても、それまでの同種の報道により原告ら主張に係る損害は既に生じていたことになるから、本件記事のうち第二及び第三記事部分の掲載により新たに原告らに損害が生じたということはできない。

三  抗弁

1(事実の公共性及び目的の公益性)

(一)(いわゆる富士見病院問題の経緯)

(1) 原告早苗が理事長である医療法人芙蓉会が経営し、原告千賀子が院長であった本件病院にかかわる、いわゆる富士見病院問題は、原告早苗が、県警と所沢警察署の捜査により、昭和五五年九月一〇日、医師法違反の容疑で逮捕されたことに端を発する。

その被疑事実は、原告早苗が医師の免許がないのに、本件病院において超音波断層診断装置を操作するなどして医療行為を行ったというものであった。

(2) 同年九月下旬には、本件病院で臓器摘出等の手術を受けた多数の患者が、原告早苗が、来院した患者に超音波断層診断装置を使用し、子宮筋腫、卵巣腫瘍等の疾病があるなどと診断して診療行為を行い、手術の必要性のない患者に対し右の診療をしたほか、原告千賀子ら同病院の医師に不必要な臓器摘出等の手術をさせたとして、原告両名及び本件病院の医師らを、共謀による傷害罪で県警に告訴するに至った。また、原告らの患者に対する取扱いについては傷害罪に発展する可能性を持つとの法務省刑事局長の見解も示された。

このため、県警が中心となり、前記の医師法違反を始め、傷害罪の告訴事実等について捜査が進められることとなった。

(3) 捜査の進捗により、同年一〇月一日には、原告早苗が医師法違反により公訴の提起を受けた。右の公訴提起は、原告早苗が医師の免許がないのに、昭和五三年二月から昭和五四年一一月までの間、三〇回にわたり本件病院において三〇名の患者に対し、子宮筋腫等の疾病があり入院、手術を要する旨判定、診断し、これを患者に告知するなどして医業を行ったというものであった。また、同年一一月一七日には、原告千賀子ら本件病院の医師につき、医師法違反幇助罪により県警から浦和地方検察庁に事件の送付がされた。

(4) その後も県警は、告訴された傷害罪の被疑事実につき捜査を続け、関係者の取調べを行う一方、同病院から、カルテ、ビデオテープ、摘出にかかる臓器等を押収し、事件の解明を行っていた。

(5) 富士見病院問題に関しては捜査の当初から、患者はもとより、社会的にも重大な反響と関心をひき起こしたところであり、被告を始めマスコミ各社は、右事件が公訴の提起されない人の犯罪行為に関する事実であって公共の利害にかかわる事件であることから、その実態を取材し、これを報道することは公益を図るものであると考え、その目的で右事件に関する報道を行ってきたところであった。

(二)  被告の本件記事報道は、右の一環として、告訴に係る傷害事件について、告訴を受理した県警が検察庁に対し捜査をした事件を送付するという事実を取材により掴み、これを右事件の捜査の一つの節目としてされたものである。

原告早苗に対する医師法違反の公訴提起、原告千賀子に対する保健婦助産婦看護婦法違反の公訴提起後も、社会の関心は告訴に係る傷害罪の捜査の進捗状況及びその成否にかかっていたが、これらに関する事柄は、社会の重大な関心事であるとともに、公訴提起前の犯罪にかかわる事柄であって、当然に公共の利害に関する事実であるし、前述のとおり現実にも大きな社会的反響をひき起こした事件であるだけに、被告は、右事件について、その捜査の進捗、内容、捜査機関の事件に対して取り組む姿勢等を取材し、これを報道することは正しく公益に資するものであると考え、捜査の当初から、傷害罪の告訴がされたこと、傷害罪について捜索がされたこと、一部、時効の切迫している患者について、傷害罪告訴事件が送付されたことなどについて、それぞれこれを取材し、報道してきた。本件記事の報道は正にその一環としてされたものであり、その目的は専ら公益を図るところにあったもので、原告らに対し、その名誉を損なうといった害意や悪意は全く存しなかった。

2(本件記事内容の真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由)

本件記事内容については、真実であるか、少なくとも被告において、真実であると確信していたところであり、本件報道までの取材状況からして、真実であると信ずるには相当の理由が存したものである。

(一)  本件病院の診療内容については、前記のように県警を主体に捜査が進められる一方、被告を始めマスコミ各社も真相を解明すべく、取材活動が行われたのであるが、これらにより、原告早苗が医師の免許を有しないのに、本件病院において、来院した患者に超音波断層診断装置を使用し、子宮筋腫、卵巣しゅよう等の疾病があるなどと診断して診療行為を行い、手術の必要のない患者に対し、右の診療をしたことのほか、「直ちに入院・手術しないと危ない。」などとして入院、手術を要すると判定、診断したこと、原告千賀子その他の同病院の医師が原告早苗の指示を受け、ないし同原告の無資格診療を黙認して、患者に対し手術を施していたこと等の事実が真相として明らかにされるようになってきた。

そして、本件記事が掲載された昭和五六年一一月九日までには、押収に係る臓器につき鑑定したところ、手術を必要としない健全な臓器が存し、結局、原告らの手術は傷害罪に当たるものであったとか、原告らの共謀を裏付けるメモの存在が明らかとなった等の情報が取材され、また、同病院の元職員や患者らに対する取材によっても、原告らが患者に対し不要な臓器摘出などの手術を施していたことを裏付ける結果を得ていた。

また、警察も傷害罪の成立について積極的意向を有していたうえ、原告両名の共謀を裏付けるメモ等も押収されていたことが明らかになっていたのである。

(二)  被告は、本件が発覚して以来、その浦和支局の体制を挙げて取材活動に入っており、県警、浦和地方検察庁等捜査当局を始め、所沢保健所、県などの官公庁、元患者、地元医師会関係者、本件病院の関係者らに取材を続けていた。本件記事はこれを掲載した昭和五六年一一月九日までに取材した情報に基づくものであるが、本件記事の報道の時点においては、既に前記1(一)(2)の告訴状を入手し、患者らにも取材していた。また、本件記事掲載の前日及び当日の朝には、県警幹部に対する取材がされたが、これによれば、同日には患者の三名につき検察庁に事件送付がされるが、右三名中二名については、告訴が取り下げられたこともあり傷害罪の成立にやや問題があるものの、他の一名については、傷害罪の成立につき積極的であるとのことであった。

被告は、右の取材により、その内容の真実であることを確信し、本件記事を作成し、同日付夕刊に掲載したのである。

(三)  また、本件記事内容については、「県警防犯部は、元患者一人について傷害罪が成立すると判断」という部分を除く、その余の事項については、被告以外の報道紙も同様の報道をしているところであるが、このことは被告の取材して得た情報が無根のものでないことを裏付けるばかりか、その取材が相当なものであったことをも裏付けるものである。

(四)  なお、後記抗弁3記載のように、同日に行われた県警幹部の記者会見における発言は、傷害罪の成否に関しては被告の従前の取材とは趣を異にするところがあったが、それ以外はすべて被告が取材して得ていた情報と符合するものであった。事件の送付自体はもとより、患者三名のうち二人について告訴は取り消されているとする内容等、詳細にわたるところまで被告の取材内容は真実であったことが裏付けられたのであり、このことからしても、右に伴せて取材し得た傷害罪の成否に関する情報についても被告は真実と確信していたものであり、かつ、真実と信ずることに相当の理由があったというべきである

3(翌日の記事による訂正)

県警は、本件記事掲載の当日、患者三名につき、浦和地方検察庁に対し原告らを被疑者とする傷害罪の事件送付をしたが、その際の県警幹部の記者会見における発言は、「患者三名分につき原告らを傷害罪で送付する。三名中二名については、告訴取消しずみである。傷害罪の成否については、個別的に判断されるものであり、地検の判断に委ねる。」というものであり、傷害罪の成立に関しては、それ以前に被告が取材していたところとはいささか趣を異にするものであった。

右の差異が生じた理由は明らかでないが、被告は、仮に本件記事の内容が誤ったものであれば、これを訂正するという趣旨をも含めて、翌日の昭和五六年一一月一〇日付朝刊の紙面において右事実を明らかにした(以下、右記事を「一〇日付記事」という。)。

したがって、被告は右報道により原告らの名誉回復の措置を講じており、原告らに損害はないというべきである。

4(原告らの請求権放棄)

原告両名は、弁護士佐藤寛蔵(以下「佐藤弁護士」という。)を代理人として、被告に対し、本件記事に関しその掲載直後の昭和五六年一一月一六日付内容証明郵便をもって、記事の訂正及び謝罪を求める意思表示をしてきた。

このため、同月一九日、当時の被告の浦和支局長であった中島貞夫らが、一〇日付記事を持参して佐藤弁護士を訪ね、右の経緯を説明したところ、佐藤弁護士は、一〇日付記事を見て、「記事については知らなかったが、この訂正記事が出ている以上、問題にならない。本件については決着したと考えてよい。誠意を買いたい。」と発言して、本件記事につき原告らとして被告に対し事後何ら請求することなく解決する旨の意思表示をした。したがって、原告らは被告に対する損害賠償請求権を放棄したものというべきである。

四  抗弁に対する答弁

1(一)  抗弁1(一)(1)は認める。

同(2)のうち、傷害罪に発展する可能性を持つとの法務省刑事局長の見解も示された旨の主張は否認する。その余は不知。

同(3)は認める。

同(4)は不知。

同(5)は争う。

(二)  抗弁1(二)は争う。

2(一)  抗弁2(一)は否認する。

(二)  同2(二)は否認ないし争う。

県警は、本件記事掲載の当日の午後、被告が抗弁3において主張しているとおりの記者会見を行っているのであり、その会見に先立つこと僅か数時間前に右会見内容と全く相反する結論を、県警の判断として、或いは県警防犯部の判断として、部外者である被告の記者に言明する筈がない。

また、被告の取材活動が極めて杜撰なものであったことは、僅か半日後に全く相反する一〇日付記事を掲載した事実をみても明らかである。

本件記事が報道された当時、社会の関心は告訴に係る傷害罪の捜査の進捗状況、その成否にかかっていたことは、被告が自ら主張するとおりである。従って、かかる社会の重大な関心事に関する報道が、一般読者はもとより医療業界、更には当時原告の診療を受けていた患者らに絶大な影響力を及ぼし、原告らの社会的地位、名誉に致命的打撃を与え、その被害も甚大であることは、被告も十分認識していた筈である。

しかるに、被告は、県警当局が正式発表したものでなく、他の新聞社はいずれも報道していないのに、原告ら本人に対する直接取材もたやすくできるにもかかわらず、これを怠り、記者らの個人的主観的憶測をもって虚偽の事実を断定的に県警当局の判断として報道したものであり、右は重大な不法行為に当たるというべきである。

(三)  同2(三)及び(四)は争う。本件の争点は、県警もしくは県警防犯部が本件記事の報ずるような判断をしたか否かにあるのであって、検察庁への送付の事実や告訴の取消の事実の存否にあるのではない。

3  同3については、本件記事掲載当日の県警の記者会見の内容は認めるが、その余は否認ないし争う。

記事の訂正とは、正されるべき対象を示すことが必須の前提条件であり、何がどのように誤り、それをどのように正すのかが明確に公表されなければならないというべきであるが、一〇日付記事は、正されるべき対象を明示しておらず、本件記事が誤報であることを公表していない。また、本件記事は全国版であるのに、一〇日付記事は地方版にすぎない。

4  同4のうち、被告主張の日に、佐藤弁護士が中島支局長の来訪を受けた事実は認めるが、同弁護士の発言内容については否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(本件記事の掲載)の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因3(名誉毀損)について判断する。

一般に、新聞記事による名誉毀損の成否は、一般読者の普通の注意、関心と通常の読み方とを基準として、一般読者が当該記事から受ける印象に従って判断すべきであると解される。

そこで本件記事についてみるに、右記事が掲載される以前既に原告早苗が医師法違反、原告千賀子が保健婦助産婦看護婦法違反により公訴の提起を受けていたこと、及び、本件記事の掲載当時社会の関心が告訴にかかる傷害罪の捜査の進捗状況とその成否にかかっていたことは、当事者間に争いがない。このような状況下で掲載された本件記事は、見出し自体は「北野理事長、千賀子院長ら傷害で書類送検へ」となっていて、原告両名が傷害罪の被疑事実で書類送検されるという事実そのものを報道するものといえるが、本文の別紙(一)記載の内容(当事者間に争いがない。)を併せて一般読者が通常の読み方をする場合には、県警防犯部が本件病院で診療を受けた元患者一人について捜査を遂げた結果、本件病院から押収したメモや臓器の写真により、同人に対して原告早苗が超音波断層診断装置で子宮筋腫、卵巣のうしゅと診断したうえ医師に手術をするように指示し、自覚症状のない同人を脅して手術を受けさせていたことが明らかになったとして原告早苗と執刀した同千賀子らとの間に不必要な手術をする共謀があったものと判断し、県警において、同人に対する原告早苗及び同千賀子らの診療行為につき傷害罪が成立すると断定し書類送検に及び、その旨新聞記者に公表したものであるとの印象を受けることは明らかである。

右のように原告らの犯罪容疑の成否につき捜査機関が客観的な証拠資料に基づき積極的な判断を下したという事実を摘示した記事内容が、原告らに対する社会的評価を低下させるものであることは明らかであるから、本件記事の掲載によって原告らはそれぞれその名誉を毀損されたというべきである。

三ところで、一般に、名誉毀損に関しては、その行為が公共の利害にかかわるものであり、専ら公益を図る目的から行われたものである場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときには、その行為は、違法性を欠くものとして、不法行為にならないものというべきである。また、右事実が真実であることが証明されなくとも、その行為者においてその事実を真実であると信ずるについて相当な理由があるときには、右行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

本件において、被告は、これらの不法行為の成立を妨げるべき要件に係る事実を主張しているので、以下、被告の右主張について判断することとする。

1  事実の公共性及び目的の公益性について

本件記事が原告らの傷害容疑事実を摘示したのであることは前認定のとおりであるところ、右は公訴提起前の犯罪行為に関する事実であるから、摘示された事実自体その内容、性質に照らし公共の利害に関する事実ということができるし、その報道はもっぱら公益を図るためにされたことが推定されるというべきである。そして、本件証拠上右推定を覆すに足る証拠は存しない。

2  事実の真実性について

次に本件記事内容の真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由の存否につき、本件記事で問題となっている各記事部分ごとに検討する。

(一)  まず、「県警防犯部は、元患者一人について傷害罪が成立すると判断」したという第一記事部分(第四記事部分も同旨)について判断する。

証人山城修(本件記事のための取材担当記者)は、その証言の中で、本件記事は、当日の午前中の段階で複数の県警幹部や所沢署の幹部に取材した総合的な取材の中で得た結果であり、同証人自身は県警及び所轄の所沢署の幹部(課長職以上)の三名程度から取材したが、うち一人は、証拠として傷害罪が成立するほどの材料があるのかと訊ねられたのに対し、八月に一度書類を送っているけれども、この時に比べたら雲泥の差がある、この前は最初から送る前の段階で材料が乏しくて傷害罪の成立という議論もできなかった。しかし今回の場合は三人のうちの一人についてはそれとは雲泥の差の材料がある、これならいけるというような言い方をしていた旨、もう一人も表現は少し違ったが、やはり前に送った時の内容に比べたら今回は全然違うという点は認めてくれた旨、更にその他にも電話で聴いたケースがあったが、その警察幹部は否定も肯定もしないような言い方をしていた旨、その他の同僚記者の吉村(証人志村敏雄の証言によれば、吉村俊文であることが認められる。以下「吉村記者」という。)も同様の取材をしており、本件記事の原稿は吉村記者が書いた旨を述べている。また証人志村敏雄(本件記事担当のデスク)も、その証言の中で、現場の記者の取材により、問題になった患者三人のうち二人についてはちょっと苦しいけれども一人については今度は立証できそうだというニュアンスの発言が警察幹部から得られた旨を述べ、証人中島貞夫(本件記事掲載当時の浦和支局長)も、その証言の中で、取材に当たった記者から、警察の幹部の発言中に以前に不起訴となった一人に比べて今回の一件については自分達も強い自信を持っているというような表現があったと報告を受けた旨を述べている。

しかしながら、右各証人は、いずれの情報源についてもその氏名等これを特定するに足りる事情を何ら明らかにしていないので、果して警察幹部から右のような発言があったものか疑問がないわけではないが、この点はしばらく措くとしても、右各証言のうち、志村証言及び中島証言は、山城証人ないし吉村記者からの報告を述べた伝聞供述に過ぎないから、直接の取材担当者である山城証言に比しその証拠価値は格段に低いものというべきである。そして山城証人の証言によっても、同証人の取材した三名のうち傷害罪の成立につき積極見解を示唆したのは第一の人物にとどまり、同証人としては他の二人から積極的に右の点を聞き出そうとしていたはずであるのに、第二の人物の発言内容について述べるところは前認定のように極めて簡単なものにすぎず、同人は前回送致の医師法違反被疑事件の内容に比べれば証拠資料があるという点については肯定したものの、傷害罪の成否については何も答えていないというのであるから、少なくとも傷害罪の成否自体について積極的な見解を持っていたとまでいうことはできないし、電話で聴いたという第三の人物についてそういえないことは前認定の電話でのやりとりからみても一層明らかである。

のみならず、本件記事掲載の当日である昭和五六年一一月九日、、県警が浦和地方検察庁に対し原告らを被疑者とする傷害罪の事件送付をした際の記者会見における県警幹部の発言は、「患者三名分につき原告らを傷害罪で送付する。三名中二名については告訴取消しずみである。傷害罪の成否については、個別的に判断されるものであり、地検の判断に委ねる。」というものであったことは当事者間に争いがなく、右記者会見の発言内容からすると、県警は少なくとも公式見解としては傷害罪の成否につき積極的判断に至っていなかったというべきである。

被告は右記者会見につき、被告の記者の取材の後、県警が見解を変えた可能性もあると主張するが、右記者会見がまさに本件記事掲載の当日に行われたものであることからすれば、右の見解の変更につき特段の立証のない以上、にわかにかかる事実があったと認めることはできない。しかも、成立に争いのない甲第一一号証によれば、県警防犯部は、弁護士法二三条の二に基づく照会に対し、本件事件の捜査担当係官が昭和五六年一一月八日及び翌九日午前中に被告の記者に対し、被告主張のような内容を県警ないし県警防犯部の見解として表明もしくは示唆した事実はない旨回答していることが認められるのである。以上の諸点に鑑みれば、県警において、原告らにつき傷害罪が成立するとの積極的見解が固まっていたということは到底できず、右第一記事及び第四記事部分の摘示事実につき真実性の証明があったと認めることはできない。

そして、仮に、右山城証言中の第一の人物がさきに指摘したような発言をしたとしても、その発言はせいぜい同人の個人的見解というべきものであり、しかも、右にみたとおり、山城証言によっても、三名の県警幹部のうち二名は傷害罪の成立に言及することを避けていたとみられるのであるから、被告にしても第一の人物の右発言が個人的見解に過ぎない可能性が十分にあると予想できたというべきである。したがって、これらの可能性を考慮せず、山城証人を中心とする前示の程度の取材結果から直ちに、県警が傷害罪成立と判断したとの断定的記事を掲載することは極めて軽率であったとの評価を免れないというべきであり、被告において右記事内容を真実であると信ずるについて相当の理由があったものと認めることはできない。

(二)  次に、「県警の調べによると、傷害にあたると判断した患者については、北野理事長が超音波断層診断装置で子宮きんしゅ、卵巣のうしゅと診断、①医師に手術するよう指示していた②患者には病気の自覚症状はなく、北野に脅されて手術を受けていた―などが押収したメモや臓器の写真から明らかになった。」という第二記事部分の真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由の存否につき判断する。

被告は、原告早苗が手術の必要のない患者に対し、超音波断層診断装置を用いて子宮筋腫、卵巣腫瘍などの疾病があり手術を要すると自ら診断していたこと、及び本件病院の医師が原告早苗の指示を受け、或いは同原告の無資格診療を黙認して手術をしていたことは、本件記事掲載当時既に明らかになっていたと主張する。

そして、証人山城修は、その証言中において、右記事部分は元患者や元病院職員からの取材及びそれを県警側に確かめるという総合的な取材の中で構成したものであるとし、特に右記事中のメモに関しては、報道の根拠となった情報として、県警の捜索中に、原告早苗が手術を指示し、或いは手術をするために患者をもっと回せというような発言をしているというメモないし書類のようなものを県警は既に押収しているとの情報を、本件病院の元幹部であった人物から得て、その後時期ははっきりしないが、複数の県警幹部に取材して、そのようなものを押収しているということを聞いたとの事実を挙げている。また証人志村敏雄は、その証言中において、第二記事部分のメモに関する表現の根拠となった取材結果として、辞めた病院職員の証言を聞いて捜査員に取材したところ、メモを特定した明確な答を得ることはできなかったが、押収したメモの存在を肯定するようなニュアンスで受けとめるというふうなことだろうと思う、否定はされなかったので確かに押収しているという認識を持ったと述べており、証人中島貞夫も同趣旨の証言をしている。他方臓器の写真について、証人志村敏雄は、捜査機関が患者から摘出された臓器等を押収し、複数の病院に鑑定を依頼したところ、この程度では摘出手術は必要でなかったのではないかというような鑑定結果が出たものが何件かあったと述べている。更に同証人の証言中には、本件病院の元患者から聞いた話をも右の記事部分の情報源であるとするかのような部分がある。

しかしながら、右記事部分は、先にみたように、県警ないし県警防犯部が特定の患者につき押収したメモや臓器の写真から原告早苗の診断、医師への手術指示、患者への脅迫等の行為が明らかになったと判断したという意味内容を有するものであるところ、志村証言でいう元患者の話自体は、メモや臓器の写真の存在、内容等を明らかにするものではないから、それのみでは、第二記事部分の右のような内容を真実と確信するに足る相当な根拠とは到底なり得ないものというべきである。

更にその他の情報源についても、メモの押収の事実自体については、県警幹部の公式の発表があったわけではなく、捜査員に対する確認も、「ニュアンス」とか「というふうなこと」、「のようなもの」などといったいかにも不確実な根拠による断定であるとの印象を免れ難く、また、臓器の写真の鑑定結果については、そもそも右鑑定結果が得られた患者を、第二記事部分において県警が傷害に当たると判断したとして報道された患者と同一人物であるとする証拠はない。しかも、右鑑定結果自体、この程度では摘出手術は必要でなかったのではないかというにとどまるのであるが、疾患の存在自体は肯定しているものと解する余地もあり、そうすると手術の要否という医師の裁量がかかわる微妙な問題となるのであるから、捜査機関側としての判断は慎重にならざるを得ないことは明らかであって、右のような鑑定人の見解を直ちに県警の見解とすることには大きな飛躍がある。

第二記事部分は、被告が、県警防犯部は原告らにつき傷害罪が成立すると判断した、と信じたことから、従前の取材結果を総合して作成し掲載したものであることは、右各証人の証言からも明らかであるが、右にみたところによれば、原告らに傷害罪が成立すると判断したとの事実につき真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由は認められず、しかも従前のメモや臓器の写真に関する取材結果からだけでは第二記事部分の内容となる事実を認めることはできないから、結局第二記事部分については真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由は認められないというべきである。

(三)  更に「不必要な手術をする共謀があったものと判断した。」という第三記事部分について判断する。

被告は右記事部分についても従前の取材結果によりその事実が明らかになっていたと主張するもののようである。

しかしながら、そもそも原告早苗の医師法違反診療についての共謀と不必要な手術をすることについての共謀とでは、内容において大きく異なるものがあることはいうまでもなく、本件記事掲載当時の県警の捜査の核心はまさに前者の共謀ではなく後者のそれが成立するかどうかの点にかかわるものであったとみられる。すなわち、「不必要な手術をする共謀」が認められるためには、その前提として不必要な手術であることの認識が原告らに認められなければならず、仮に客観的事実からそれを推認しようとすれば手術の要否という医師の裁量の本質に立ち入らざるを得ないため、捜査機関としては慎重な判断をせざるを得ない問題であったことが容易に推測できるのである。そして不必要な手術をする共謀の存否の判断は傷害罪成立の判断と極めて密接に関連するものであろうことも明らかである。

前記(一)で認定説示したとおり、県警が傷害罪が成立するものと判断したと認めることはできないばかりか、被告においてそう信ずるにつき相当の理由があったと認めることもできないのであるから、この点からしても、原告らにおいて、不必要な手術をする共謀があったと県警が判断したと信ずるについては、相当の理由がなかったものといわなければならない。のみならず、本件証拠関係を検討しても、証人志村敏雄は、手術が不要であったことの情報源として、取材に当たっての元患者及び他の病院の医師の話を挙げているに過ぎず、また証人中島貞夫は、元患者、元職員の話、捜査機関からのいろいろな情報を総合的に判断した旨抽象的に述べるだけであり、証人山城修の証言も同様であって、これらはいずれも、不必要な手術に関する共謀があったと県警が判断したと信ずるについての根拠とするには足らず、ほかに右の根拠となる事実を認めるに足る証拠はない。

したがって、第三記事部分については、真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由を認めることはできない。

(四)  以上のとおりであり、本件記事は、その対象が既にみたとおり医療行為に対する傷害罪の成否という医師の裁量の本質にかかわる微妙な問題であり、そのこともあって県警が報道機関への発表についても極めて慎重な態度をとっていた事実(右事実は証人山城修の証言によって認められる。)に照らしても、被告が、県警当局からの確実な情報を得ないまま、県警が傷害罪の成立につき積極に判断したものと軽信し、被告自身の元患者や病院関係者からの従前の取材を総合して自らの信じた事実を同県警の判断内容に盛り込み、これを断定的な表現で右記事にして報道したのは、軽率であるとの評価を免れない。

被告は、抗弁2(三)において、本件記事のうち傷害罪成立との県警の判断を報ずる以外の部分は、他の報道紙も同様の報道をしており、そのことは被告の取材の相当性を裏付けるものであると主張する。しかし、県警は医療行為の特殊性に鑑み右のように慎重な態度をとっていたのであるから、このような県警の判断内容を報道するに当たっては、報道機関の取材態度として特段の慎重さが要求されることはいうまでもない。ところが、被告の取材が十分なものでなく、本件記事の内容が確たる根拠に基づくものでないことはさきにみたとおりであるから、他の報道紙が被告主張の部分につき同様の報道をしていたからといって、そのことのゆえに違法性が阻却され又は故意、過失がないものとされる根拠は何ら存しない。したがって、右主張は採用することができない。

また、抗弁2(四)の被告の主張については、そこで主張されている正確な報道部分は、本件で問題となっている記載部分の真実性とは直接には何ら関連するものではないことが明らかであるから、右主張は失当である。

3  以上のとおり、本件記事に関しては、事実の公共性及び目的の公益性を認めることはできるものの、記事内容の真実性ないし真実と信ずるについての相当の理由を認めることはできず、結局、名誉毀損による不法行為の成立を妨げるに足りる要件の存在を認めることはできない。

四請求原因4(被告の責任原因)について判断する。

被告は、新聞社として、記事の掲載発行に当たっては他人の名誉を不法に毀損することのないように注意を払うべき義務を負っているものであるところ、前記のとおりその内容を公表することが原告らの名誉を毀損し民事上の不法行為を構成すると認められる本件記事を産業経済新聞(サンケイ新聞)に掲載、発行したのであるから、本件記事の掲載に際し右の注意義務を怠ったものというべきであり、民法七〇九条の不法行為責任を負うものである。

五抗弁3(翌日の記事による訂正)について判断する。

<証拠>によると、被告は本件記事掲載の翌日である昭和五六年一一月一〇日付朝刊第一〇版紙上に「傷害罪は不起訴か」と題する記事を掲載し、その中で、県警防犯部が九日患者三人分について浦和地方検察庁にこれまでの捜査経過を報告、傷害罪が成立するかどうかの判断を同地検にゆだねた旨報道していることが認められる。右記事はその内容において、その文中の「(前略)が傷害罪を立証する状況証拠であるとの見方もある。しかし患者側が手術に同意していることや、富士見病院の医師たちが事情聴取の中で傷害の事実を否認している―など否定材料も提起され、事実上、白か黒かの決着を同地検にゆだねる形となった。(中略)同地検は(中略)「証拠不十分」として不起訴処分にする公算が強い。」との表現も併せ、一般読者をして、前日の本件記事中の県警防犯部が傷害罪が成立すると判断したとの報道とは明らかに異なっているという印象を与えるものということができる。しかし一方、右記事中には、通常の訂正記事に見られる先の報道に誤りがあったという表現は全くみられないから、一般の読者にとっては、本件記事が誤っていたわけではなく、その後県警防犯部が見解を変更しただけであろうとの印象を受ける可能性がないわけではない。事実、証人中島貞夫もその証言中において、右記事は本件記事を訂正する趣旨ではなく、県警の事件に対する見方に相違が出てきたためにその経過を報道したものである、と供述しているのである。

そうすると、右記事の掲載によっても県警が本件記事報道の時点において右記事内容のような判断をしたとの事実自体については何ら変わるところがないのであるから、右記事の掲載が本件記事掲載についての被告の責任やこれによる原告の損害を消滅させるに足るものであると評価することはできない。したがって、右抗弁は採用することができない。

六抗弁4(原告らの請求権放棄)について判断する。

抗弁4の事実のうち、昭和五六年一一月一九日に、佐藤弁護士が、被告の浦和支局長である中島貞夫の来訪を受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件記事が掲載された後、原告らは佐藤弁護士を代理人として、昭和五六年一一月一六日、被告に対し「厳重通告書」と題する内容証明郵便を送付し、その中で本件記事が虚偽の事実を報道したものであるから訂正の報道をして謝罪の意思を表明するように申し入れたこと、右申し出を受けた被告が右中島に指示して佐藤弁護士訪問に至ったことが認められる。

被告は、右中島と佐藤弁護士との会談において、佐藤弁護士が前記五記載の一〇日付記事を見て「この訂正記事が出ている以上、問題にならない。」等と発言し、本件記事について原告らとして被告に対し事後何ら請求することなく解決する旨意思表示したと主張する。そして証人中島貞夫の証言中には、同弁護士が右会談の際一〇日付記事を見て、これが出ていることは知らなかった、これが出ていると別に問題はないんじゃないかと発言した旨、右主張に一部符号する供述部分が存するが、他方、同証言によれば、中島が、解決したというふうに受け止めていいでしょうかと尋ねると、佐藤弁護士は、よく本人に話しておきますからと答えたというのであって、この程度の応答をもってしては、いまだ請求権放棄の確定的意思表示があったと認めることはできない。

しかも、<証拠>よれば、右会談の直接の当事者である佐藤弁護士は、被告主張の自己の発言内容を否定するとともに、事後何ら請求することなく解決する旨意思表示をしたものではない旨確言していることが認められるのであって、いずれにしても、被告の抗弁4は採用することができない。

七請求原因5(損害)について判断する。

本件記事が原告らの名誉を毀損するものであることは前記認定のとおりであるところ、原告千賀子本人尋問の結果、本件記事の内容、一〇日付記事の存在とその内容、本件記事掲載に至るまでの間の原告らに対する刑事事件としての捜査及び公訴の提起や原告ら及び本件病院に関する各種報道機関による報道内容等、本件に現れた一切の諸事情を考慮すると、原告らが右名誉毀損により受けた精神的損害を慰謝するための金額としては原告らそれぞれに対し金六〇万円が相当である。そして、謝罪広告については、前述の諸事情とりわけ原告らの刑事事件を巡る各種報道内容等に鑑みれば、現時点では、もはや右の慰謝料に加えてこれを命ずべき必要性はないと思料する。

八結論

以上のとおりであって、原告らの請求は、被告に対しそれぞれ金六〇万円及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の翌日)である昭和五九年一一月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官佐々木茂美 裁判官上田哲)

別紙(一) 謝罪広告文

昭和五六年一一月九日付当社発行にかかるサンケイ新聞夕刊版の社会面に掲載の「北野理事長、千賀子院長ら傷害で書類送検へ 富士見病院事件」と題する記事のうち、左記部分は虚偽の事実を報道したものであります。

「埼玉県警防犯部は、元患者一人について傷害罪が成立すると判断した。」

「県警の調べによると、傷害にあたると判断した患者については、北野理事長が超音波断層診断装置で子宮きんしゅ、卵巣のうしゅと診断し、①医師に手術するように指示していた②患者には病気の自覚症状はなく、北野に脅されて手術を受けていたなどが押収したメモや臓器の写真から明らかとなった。」

「北野理事長と執刀した妻の千賀子院長らの間に、不必要な手術をする共謀があったものと判断した。」

右記事により当社が北野早苗氏と北野千賀子氏の社会的信用及び名誉を著しく傷つけ、多大な損害を与えたことは、誠に申訳ありませんでした。

よって、ここに深く陳謝いたします。

昭和  年月日

東京都千代田区大手町一丁目七番二号

株式会社産業経済新聞社(サンケイ新聞社)

代表取締役 鹿内信隆

埼玉県所沢市大字久米二五九一番地の五〇

北野早苗 殿

右同所

北野千賀子 殿

掲載条件

(掲載箇所)

社会面記事中

(掲載スペース)

四一センチメートル×一段(3.45センチメートル)

但し四段抜き

別紙(二)

北野理事長、千賀子院長ら

傷害で書類送検へ  富士見病院事件

(浦和)埼玉県所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院の北野早苗理事長(五六)らの傷害事件を調べていた同県警防犯部は、元患者一人について傷害罪が成立すると判断、九日午後にも、北野理事長と妻の千賀子院長(五五)ら医師を同容疑で書類送検する。

県警の調べによると、傷害にあたると判断した患者については、北野理事長が超音波断層診断装置で子宮きんしゅ、卵巣のうしゅと診断、①医師に手術するよう指示していた②患者には病気の自覚症状はなく、北野に脅されて手術を受けていた―などが押収したメモや臓器の写真から明らかとなった。北野理事長と執刀した妻の千賀子院長らの間に、不必要な手術をする共謀があったものと判断した。

この事件については、すでに北野理事長が医師法違反、千賀子院長が保助看法違反で、それぞれ起訴されているが、これとは別に三十二人の元患者から北野理事長らに対し、傷害罪の告訴が出ていた。このうち三人の元患者分の時効が年内にも迫っているため、この処置を検討、うち一人分が傷害罪にあたると判断した。

なお、八月六日に傷害罪で送られた患者一人分については嫌疑不十分で不起訴処分になっている。

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